少しのきっかけが介護と私を繋いでくれた
皆様こんにちは!
土屋ケアカレッジ東北におります、佐藤望と申します。
普段は来校された受講生の方々のサポートだったり、研修が円滑にすすむよう黒衣のように暗躍しています。
なんかいつもカレッジにいる人、という感じでしょうか。
今回は、私がなぜ介護の道に進むことになったのかを書きたいと思います!
初めてこういう文章を書きますので、乱筆乱文になることご容赦下さい…。
まずは簡単な自己紹介から。
私は宮城県名取市で生まれ、育ちました。仙台空港があるところです。
小さいころから飛行機が自宅の真上を通っていて、でっかい声で喋る事が癖になってしまったのか?声はよく通る方です。
予定日よりも早く生まれたため、保育器に入っていました。
先天性股関節脱臼という、生まれつき右足股関節が脱臼していたので、小さい頃はバンドを締めて生活していました。
しょっちゅう整形外科を受診し、気が付けば随分年の離れたお友達が出来ていました。
平均年齢50歳オーバーだったような…(;^ω^)
いつも飴をくれたりお菓子をくれたり、とても仲良くしてくれました。
性格は元気が取柄の、あんまり深く考えず、公園の砂場に勢いよくダイブして埋まっていた石でケガをしたりするタイプです。当時流行っていたセーラームーンが大好きで、妹とよく変身ごっこをして遊んでいました。当時から野球が大好きで、巨人の2軍戦を見に行ったり、アニメより甲子園の中継を夢中になって観ていました。
そんな私ですが、介護の道に進もうと決めたのは、20代になってからです。
介護=3K(汚い、キツイ、危険)でさらに給料安い!の悪いイメージが先行しており、あまり働きたいとは思っていませんでした。
介護の仕事をする前は、看護師を志していました。
看護の学位を取って、オーストラリアで看護師として働こうと思っていたのです。
何故オーストラリアかといいますと中学生の時に、名取市の中学生海外派遣事業に参加し、オーストラリアでホームステイを経験していたからです。
祖母が海外旅行にしょっちゅう行く人で、「いいなぁ」と羨ましかったし、叔母がニュージーランドとタイで日本語教師として働いている人だったので、海外をわりと身近に感じていました。
海外ドラマもたくさん観て行きたい気持ちを募らせていたところ、たまたま募集を見つけて応募し、行くことが出来ました。
オーストラリアで過ごした時間はあっという間で、とにかく楽しく、また英語が中々伝わらず悔しい思いをし、「絶対また来よう!将来絶対ここに住む!」と決意したのです。
日本に帰国後、オーストラリアで暮らすにはどうしたらいいのかを考え、親に高校は海外に進学したいと伝えましたが即行で却下。仕方なく県内の高校に進学したものの、海外への思いは変わらず。そこで、日本で取った資格で海外で通用するものはないのかと調べ、オーストラリアでは「学位」と「看護師経験」があれば英語試験だけで看護師として働けることを知りました。今思えば、真剣に看護師になろうとしている方々に大変失礼だと思うのですが、当時は思い込んだら猪突猛進。
これだ!!!そうと分かればあとは勉強するだけ!…だったのですが。
残念ながら家庭の事情もあり、進学が難しくなったためこの道は諦めることにしました。
そのあとは一気にやる気を失くし、反抗期も重なって親と何度も衝突しました。家にあったレンガを振り回したり、ぶん投げたり…今思うと何やってんのよと思いますが、当時はむしゃくしゃして物に八つ当たりする日々でした。
今後どうしていこう?何をしたらいいんだろう?
そう思ったとき、ふと昔のお友達たちの事を思い出しました。
整形外科に通院していた時の、年の離れたお友達たち。
皆、膝が痛いとか腰が痛いとか言いながらも、待合室では井戸端会議で盛り上がっていて、とても楽しい人たちでした。
そんな人たちが通っているデイサービスの存在を知り、よし!介護の道に進んでみよう!と思い立ち、デイサービスにアルバイトで入社しました。
デイサービスの仕事は送迎、リハビリ、入浴、食事、口腔ケア、お昼寝誘導、おやつ、レクリエーションと多岐に渡ります。利用者さんは予測不能の動きをするし、やる事はたくさんあって覚えることも山積みで、最初の半年は弱音ばかり吐いていました。
そして入社して思い出した「3K」。
確かに「キツイ」し「汚い」場面もないわけじゃないし「危険」もないわけじゃない。
けれど、実際やってみるとそれ以上にやりがいだったり、楽しいこともいっぱいあります。
ある、認知症の利用者さん。
いつも「帰りたい」とデイサービスの中をぐるぐる歩き回って、隙あらば出ていこうとしており、いつも眉間に皺をつくっていました。
どうしたものかと頭を悩ませていましたが、じゃあいっそ一緒に外に出よう!と、デイサービスの敷地内でお散歩したり、花壇の一角でミニトマトを植えて育てたりしている内に、だんだんと笑顔が見られるようになりました。
美味しいミニトマトを収穫する頃には、とてもいいお顔をされるようになりました。
どうしたら皆が笑顔で楽しく過ごせるのか。
傾聴の意識、その人に合った姿勢や入浴方法。
相談員やPT、看護師や同僚のヘルパー達、時にはケアマネージャーも巻き込んで、
皆と一緒に考え、行動し、毎月の行事レクを作ったり計画したり。
利用者さん1人1人が生き生きと生活するために、自分に何ができるのか。
「望ちゃんがいると、明るくて楽しいなぁ」と言ってくださった利用者さんの言葉で、思い付きで介護の道に進んでしまった私ではありますが、介護の道に進んで正解だったなぁと思いました。
もちろん、楽しいだけの仕事ではありません。
人の命をお預かりする、責任のある仕事です。
それでも、とてもやりがいのある素敵な仕事だと思います。
介護の道に進もうか悩んでいる方がいらっしゃったら、私は迷わず「おススメだよ!」と言います。
得難い経験が、絶対に待っているからです。
その第一歩を、土屋ケアカレッジで始めてみませんか?
一生懸命サポートいたします!
長文・乱筆・乱文失礼いたしました。
土屋ケアカレッジでお会いできる日を心待ちにしております(^^)