介護の知識をシリーズで発信していきます。
このページは《Ⅰ》医療的ケアの基礎知識の中の【喀痰吸引③気管カニューレ内吸引】のページです。
医療的ケアの基礎知識についての目次は末尾にあります。
喀痰吸引③気管カニューレ内吸引
気管カニューレ内吸引とは、気管切開後、のどに挿入した気管カニューレに溜まった喀痰を、吸引装置と吸引カテーテルを使用し、体外に吸い出すことを言います。
吸引できる範囲
気管切開は、呼吸するための筋力が低下し、自力で十分な呼吸ができなくなったり、自分で喀痰を出せなくなり肺炎を繰り返すなど、様々な原因で実施されます。
気管切開では、声帯の下に位置する気管に手術で孔をあけ、その孔(気管切開孔)に気管カニューレを装着します。
吸引できる範囲
介護職が吸引できる気管カニューレ内の深さは、利用者が装着している気管カニューレの長さになります。気管カニューレより奥を吸引することは禁止されています。
医師の指示書に気管カニューレの長さが記入されているので、吸引前に確認し、それより奥に吸引カテーテルが入らないように気を付けます。
よくある事ですが、吸引カテーテルを持つ位置を少しずつ変えながら挿入すると、何センチ挿入したかが分からなくなります。
そのため、最初に持つ手の位置を、吸引カテーテルの先端から気管カニューレの長さプラス2㎝程度にしておきましょう。
その位置から手を離さずに吸引すれば、吸引カテーテルを誤って深く挿入することを防げます。
気管カニューレ内を越えて吸引してしまうと起こるリスクに、気管内の肉芽の形成、迷走神経反射による心肺停止、大出血があります。
命を脅かすことになるため、挿入する長さに気を付けて吸引を実施することが必要です。
気管カニューレにおける呼吸の仕組み
カフ
のどに気管カニューレを挿入した際は、誤って抜けないように、気管カニューレに付いているカフという風船のような浮袋を膨らませ、気管に密着固定します。
カフにより気管が上下で分断され、通常の呼吸とは空気の流れが変わり、鼻や口からの空気の出入りはなくなります。
そして、気管カニューレから空気が取り込まれ、気管から肺へガス交換が行われます(吸気)。
また、肺からの空気は気管を通り、気管カニューレから吐き出されます(呼気)。
気管カニューレの構造
気管カニューレには2本の管が付いています。カフを膨らませるためのカフエアチューブと、カフの上に溜まった喀痰を吸い出すサイドチューブです。
①カフエアチューブ
カフがしぼむと、気管カニューレが抜けたり、そこから唾液などが入りこむと、誤嚥性肺炎を引き起こす危険性があります。
カフエアチューブは、カフの空気圧を適正かつ一定に保つために用いられ、注射器で空気を注入することによりカフの空気圧を調節します。
カフの空気圧は医師によって決められていて、利用者により注入してよい空気の量は様々です。
空気の注入自体は難しくありませんが、介護職に許された行為ではないため、絶対に注入してはいけません。
ですが、カフの空気が減って気管カニューレが抜けると命にかかわります。
カフとカフエアチューブの袋部分は連動しているため、カフエアチューブの袋がしぼんでいないかを確認することは、介護職の大事な仕事になります。吸引の前後でカフの状態に変化や異常がないか必ず確認しましょう。
②サイドチューブ
口や鼻から垂れ込んできた唾液などの分泌物や、うまく嚥下しきれなかった食べ物の残りかすなどが、肺のほうに落ちていかないように、ふくらんだカフの上に溜まります。
サイドチューブは管の部分がカフの上に開口していて、それらを吸い出すために用いられます。
ここから吸引する際は、カテーテルを使わず吸引装置に直接つないで吸引します。
医師より、気管カニューレ内吸引の指示が出ている場合は、サイドチューブからの吸引も同じく指示が出されます。
多くは気管カニューレ内吸引を実施した時にセットでサイドチューブの吸引もしますが、唾液や喀痰の量によってサイドチューブからの吸引頻度は変わります。
気管カニューレ内吸引は必ず無菌状態で
人の体のつくりとして、声帯を境に、それより上を上気道、下を下気道と分けます。
上気道は、口腔や鼻腔、咽頭、喉頭などを含み、弱毒菌や常在菌がいます。一方、下気道は気管、気管支、肺を含み無菌状態です。
これを踏まえて、気管カニューレ内吸引では無菌操作が必要となります。
ですが、介護施設や在宅では、毎回滅菌されたセッシ(ピンセット)や手袋、蒸留水を使用したり、吸引カテーテルをその都度取り換えて吸引することは、コスト面などから難しい場合も多々あります。
私たちにできることは、利用者を感染させないために、スタンダードプリコーションを実施し、今ある物資や環境の中でより清潔に行うことになります。
スタンダードプリコーションとは、標準予防策のことで、血液や体液、分泌物、排泄物を感染の可能性のある物質として取り扱い、防護用具を適宜使い分け、感染の拡大を防ごうとする考え方です。
気管切開後のコミュニケーション
私たちは吐く息(呼気)によって声帯を震わせて声を出しています。
しかし、気管カニューレは声帯の下に挿入されるため、一般の空気の流れとは変わり、声帯への空気の流れはなくなるため、気管カニューレの挿入者は声帯を震わすことができません。
そのため、基本的に声を出すことができなくなります。
気管切開後は、コミュニケーション方法も声以外のものへと変えていく必要があります。一般的には、文字盤や、視線入力で言葉を読み上げるPCシステムなどがあります。
スピーチカニューレという特殊なカニューレを使うと発声はできますが、声を出すための筋力が低下している場合には使うことはできません。
まとめ
医行為とは、正しい知識と技術を用いなければ、人体に害にもなりうる行為だとされています。気管カニューレ内吸引も医行為の一部に当たるため、読者の皆さんも、正しい知識や技術が必要との認識を深められたかと思います。
専門性の高い内容だからこそ、誰もができる行為ではありませんが、資格を取得し、医療的ケアが必要な方の生活を支えられるのは誇らしいことです。医療的ケアの技術は、ある意味、職人技とも言えます。利用者に合った方法を考え、よりよい医療的ケアを提供していきたいですね。
介護の知識シリーズ
《Ⅰ》医療的ケアの基礎知識 目次
監修
雪下岳彦
順天堂大学 医学部&スポーツ健康科学部 非常勤講師
1996年、順天堂大学医学部在学時にラグビー試合中の事故で脊髄損傷となり、以後車いすの生活となる。
1998年、医師免許取得。順天堂医院精神科にて研修医修了後、ハワイ大学(心理学)、サンディエゴ州立大学大学院(スポーツ心理学)に留学。
2011年、順天堂大学大学院医学研究科にて自律神経の研究を行い、医学博士号取得。
2012年より、順天堂大学 医学部 非常勤講師。
2019年より、順天堂大学 スポーツ健康科学部 非常勤講師を併任。
医学、スポーツ心理学、自律神経研究、栄養医学、および自身の怪我によるハンディキャップの経験に基づき、パフォーマンスの改善、QOL(Quality of Life:人生の質)の向上、スポーツ観戦のバリアフリーについてのアドバイスも行っている。